「殴ってもいいよ」
後ろで縛られた後でもコイツはめんどくさそうにそう言った。
顔を地面に押し付けられても堂々としているこの男の、背中に馬乗りになって髪を掴む。
ぐいと強く引っ張って顔を上げさせる。つっぱった男の喉からウ、という単語が出た。
パッと髪を離すと抵抗もせずにどさりと顔はまた地面についた。
黒く鈍い嫌な匂いがする。土と血の混じった匂いもする。
頭上には冷たい氷の淵をかたどった月が煌々と明かりを投げていた。
馬乗りになった下の体をごろりと乱暴に入れ替えた。銀色の髪が入れ替わりに土にこすり付けられる。
見えた男の頬にはみすぼらしい色の変な痕が付いていた。
「殴れよ、」
遠くを見つめるその眼は透明だ。何かを諦めて、何かを得ようとして、何かをまた諦めた眼。
心底何を欲しがっていたのか見失って途方に暮れた眼。
それでも誰もが頼り切っていた男の眼。
「でも俺は行く」
眼の色を変えぬままでまた男は言う。
独特の音色が冷たい空間にぽっと投げ込まれる。その音の意味を上手くキャッチできないまま、俺はそい
つにキスした。
かさついたその唇にただ自分の唇を押し付けるだけだった。
眼を閉じなかった。男もまた、眼を閉じなかった。
ただぼんやりと視線を投げたまま抵抗もせず、自分が近づいたのと同じ速度で顔を上げると、
また言う。
「俺は行く」
「私が止めても無駄か」
「無駄じゃないけど、止められない。お前に止められたら正直堪えるけど、俺は行く」
「許さぬ」
「だから殴れっていってんじゃん」
「殴れば私の気が治まるとでも?」
声が大きくなるのが抑えきれない。
興奮気味にそう吐き捨て胸元をぎりりと掴んだ。男の眼はただ自分を真っ直ぐ見た。
暖かな体温を近く感じながらも自分たちは誰よりも冷たい淵で動いていた。
走ったり、止まったり、向き合ったり、言葉を交わしたり、そして人を殺めたりした。
言い出せなかった。
ただ冷たい夜の中で。
銀の男がじっと自分を見て、ただ殴れと言い続けていた。それはその男にとっても何かを許してもらえるような行動だったのかもしれない。
誰かに殴られる事で、自分自身に何かを許そうとしたのかもしれない。言うな。そんな事分かってる。
お前がそんな安い言葉で自分を許す隙間を作るような男じゃないという事はもう知り尽くした、たくさんだ。
どうせ貴様はこれから何年してもこの暗さを手放さないんだろう。そのくせ明るく笑いながら生涯苦しさと共に歩くんだろう。
俺が銀時の将来とその上の月明かりを自然見据えた時点でもう、この夜の会話は終わっていた。
もう一度頬を寄せてみれば今度はしおらしく目を閉じたその、
流れるような睫の先にかぶる土を、血まみれの手で出来る限り優しく撫でた。
銀さんと桂が話をしている所を見ると、こういう『銀さんが攘夷を抜けた時』の事を妄想してしまうアイタタターな奴はここです。
攘夷の話大好物です。
それにしても暗いな・・・