この二人は、酔っ払うとすごくタチが悪い。

 

自分はお酒なんて、ここが獄寺君のマンションだから誰も大人な人は来ないんだって事分かってても全然怖気づいてしまって駄目で、
なのに後の二人はビールから始まって山本が持ちこんだ日本酒の小ビンまで全部開けてしまっていた。
途中、大声になったりすごいテンション高く話し合って珍しく獄寺くんから山本に握手求めたりして、
「十代目も!」「おーツナもツナも!」なんていって三人で肩くんですごい感じで。
お酒を飲むとすぐ頭がぐらぐらするし、この酒盛り自体もう三度目なのだから少しは慣れたけど、一度目で吐いてしまってそれが恐くなったので、今日も俺はまだ一本目のチューハイをちびちび半分ぐらい飲んでいるだけだった。
獄寺君が選んでくれるチューハイはジュースのようで飲みやすいけど、後味にほんの少しだけ、アルコール独特の匂いが混じっている。それだけで気分がぐらっとゆれて眠くなるので、それも嫌であまり飲まないように勤めていた。酔っ払うと眠くなるなんてすごい損している気がする。
獄寺君は、最初はいつものように普通に話していて、でもだんだん眼がぼんやりしてきて、何かの拍子にテンションが上がってすごいにこにこ笑顔になる。いつも俺にしてくれる笑顔とかわらないけれど、その満面の笑みで山本に大声で話しかけたりするからすごく不思議だ。
そして山本は全然かわらないような感じで声がやたら大きくなったり、ずっと笑っていたりする。そんで、スキンシップがいつも以上に増える。何にでも笑う。それにつられて獄寺君も笑い出して、そのまま何に笑っているのか分からないまま十五分くらいひーひー言ってる時もある。そういう酔っ払い方を俺も一度はしてみたい。そう思える行動をとり続けながら山本は俺用の大量に余ったチューハイまでも三本開けて、獄寺君は一本申し訳なさそうに開けて、そのまま獄寺君のほうが先にテーブルにうーんとつっぷしながら寝てしまった。

 

「ごくでらー、ごくでらー、寝るなよ寂しいじゃん」
「いいよー山本、寝かせてあげなよ」
俺もついつい二本目の缶を開けてしまっていたので、少し気持ちがいい。眠たいままそう言うと、山本はちぇーと言いながら自分も腕をテーブルにのせ、その上にあごをのせた。もう二時だね、と言うともうそんなかーと間延びした返事を返してくる。その眼もとろとろしていて、油断したら寝てしまいそうな重さでまばたきを繰り返していた。
「あーやばい、俺も眠りそう、」
首を動かして位置を安定させると、ふうとため息を漏らしながらそう言った。山本の顔が移動した位置に獄寺君はいて、俺はその獄寺君の向かい側、山本の隣に座ってた。

 

一年生でいるのが後残りわずかな時期。
冬が真ん中を通り過ぎようとしているこの季節にフローリングの床は寒いんだから、と三人で選びに行ったこのコタツは、テーブルの幅がなかなか大きめで、三人がテーブルに顔をのせてもせまくないのでいつでもここで雑魚寝をしていた。低温に設定された布団の中がじわーっと温かく、すぐに眠くなってしまう。

 

「・・・こいつってさ、煙草吸うの、似合うよなー」
ふいにぽつりと山本が言う。
「あー。うん、最初はすごいびっくりして恐かったけど、獄寺君、確かに似合うよね」
「俺も。最初こいつ何歳だよーって思った」
同じ中学生なのにな。
そうして、笑ったかどうかはあちらを向いているが分からないが、きっと笑ったのだろう。
山本は少し頬をぐりぐり腕におさめるように移動して、いい位置を見つけたのかまたため息を吐いた。

「・・・・・・俺も煙草吸おうかなー」
「え、本気山本」

俺は山本の黒い髪の、つむじをなんともなしに見ながら答えた。山本が煙草を吸うなんて、結びつかないなぁ。思考回路が眠りの域にじわじわと近づいていってるのに、今日はあまり眠りたくない気がして気合を入れてみる。山本はうーん、と訳のわからない言葉を発して黙った。きっと山本も眠気と格闘してるのだろう。
「だって山本、野球やってるじゃん」
「あー、うん。そうだよなー」
声も眠そうな響きを持っている。

 

「・・・・・・獄寺に一度、言ってみたら、」
灰色のトレーナーの袖で囲んだそこに、すぽりと顔をのせている山本は、眼をもう閉じているのだろうか。
「すごい怒られた。吸うな、って。お前は野球馬鹿なんだから煙草は吸うな、って」
一言一言でそれを思い出すようにゆっくり言って、そうして、するすると山本の手がのびていく。

 

 

 

山本の不器用な指が獄寺君の髪をさわるのを俺は見守っていた。
それでも山本のボールを握る手が、大きなかばんを持ち上げる手のひらが、それに触れるのを見届けられたことはなくて。いつものようにするりとテーブルの上を撫でると、また頭を囲うように位置を安定させた。山本のお得意のスキンシップは影を潜め、そこには緩いとまどいだけが残る。それには色も何もなく透明なので、酔っ払っている思考ではうまくキャッチできない。山本だってこのことを覚えているのかどうか分からないし、シラフの時にさりげなく確かめるなんて事、とうていできない。演技はすごく下手なのだ。
山本、獄寺君のこと好きなの、だなんて聞けない。

「早く大人になりたい・・・・・・」

 

 

ほとんどため息だけで小さくもらすと、そのまま山本は眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

山本の肩にタオルケットをそうっと乗せていると、そのわずかなテーブルの動きだけで獄寺君が起きてしまった。いつものことだ。
獄寺君はいつも一番先に眠って、すぐに起きる。けれどその時はいつでも山本が寝てしまってさぁ自分も寝ようとトイレに立った時とか、今のように布団をかけてあげようという時なので、また三人で飲みなおしという展開にはならないが。どんなに慎重にしても、ぽさっと置いた音だとかテーブルのきしみだとかでも起きてしまうので、また俺の寝る時間は遠のいてしまった。

「ん・・・・・・」
頭を少し動かして確かめるように山本を見た後、その後ろにいた自分と眼があって十代目、と言われる。
「ごめん、起こしちゃったね」
「いえ・・・ごめんなさいまた寝てしまって。あ、それも・・・」
まだ抜けきらないままで言うので、そのままタオルケットを渡して、自分の位置に戻った。

うあー、と眠気を振り切るように顔を手でさすって、獄寺君はすくっと立ち上がると水を持ってきた。ペットボトルと綺麗な細長いグラスを持ってきて、目の前でゆっくりとつぐ。そしていつでも俺にグラスのほうを差し出してくれる彼は、どんなに酔っ払っても敬語を使うし、すごく気をつかってくれた。なのでこれは獄寺君の中の本心の一番中心からくるものなんだろうと思う。ちゃんとコタツで待っているほうが、よたよたしている彼を気遣って自分が取りに行くよりずっと獄寺君に負担をかけないと知った。酒の力でいつもより本当に申し訳なくする獄寺君は、色々と心臓に悪いのだ。

冷たい水は一口飲むと、自分がいかに水とは程遠い飲み物を口にしていたかを思い知らされる。喉が渇いていたのもあって半分まで飲み干すと、向かい合う獄寺君はもうその行動にうつっていた。今度は、彼の行動を見守る番だ。



 

 

獄寺君の手は迷うことなく、山本の髪にふれた。もう片方の手で頬を支えて、半分閉じた眼でゆっくり山本の寝顔を見ている。山本は一度寝てしまえば朝になるまで絶対起きないので、自分も獄寺君の指輪だらけの手が山本の髪を撫でるのをぼんやりと見つめる。

「・・・・・・十代目、こいつね。あ、違う。俺、一度、こいつがリップ塗るのを見たんです」
山本から眼を離さないままで話し始める。相槌は、打たない。そのほうが彼が楽なことにも気が付いたから。そのまま、話し続ける彼を見るのもしないほうがいいので、グラスに眼をむけていた。綺麗な細いデザインのそれはイタリア製なのかどうかは分からないが、ただの透明なものなのにとても高級そうに見える。俺と山本では見出せない価値がありそうだけど、それを聞けないのは二人ともで。

「リップクリーム。ほら、あの、なんで日本の男子ってみんなお揃いなんスかね。濃い緑色の。ダージリン。白とその濃い緑色の、」
そしてイタリア語で綺麗に、     と言った。イタリア語なんて分からないが、綺麗な音でするりと出てきたそれを反復せずに、獄寺君は山本の黒い短い髪を撫で続ける。多分、緑色、と言ったんじゃないだろうか。

メンソレータム、と心の中で言って水をまた一口飲んだ。


「ばばって、一秒くらいで塗るくせに、三秒後にはセーターの袖で拭いてるんですよ、こいつ、アホで、俺がお前拭いてるだろ、って言っても、拭いてない。って言うんですよ。無意識なんスよ。こいつ、ほんと馬鹿。そんで、制服のスボンのポケットにしまってて、あんなごちごちの手で、あんなちっせーキャップのふた開けて塗るんですよ。馬鹿みたい。ほんと、すぐ拭くくせに。ああでも、あれってハッカ?でしたっけ。すごい、いい匂いするんですよね、俺、あの匂い好きなんです。すーすーするやつ。真剣に、緑色のちっせーの、両手で持って高さ調節してるのとか見ると、ほんと馬鹿。どうせ、すぐに拭いて、また笑ってかさかさになってんのに、ほんと」

 

その途中で、大体 緑のちっせーの、 のあたりから声が歪んでいたので、そっと顔をあげる。

 

 

 

獄寺君がこうして泣いてしまうのを見るのは、三度目だった。

どうしてかは聞けない。いつでもささいな話をしている途中で、こうしてじんわりと涙を滲ませてしまう。そして髪を撫でる手は止まってしまって、はー、と一息落ち着かせるために吐いたため息のせいで、その部屋は色々なところから遠いところに置かれた、不思議な空間のように思えた。
外はきっと寒い。きんと張った空気の上にすがすがしい高い空があって、その一番上には月も出ているはずだ。そんなすぐに想像できる外と一枚の窓しか隔てていないのに、この部屋はまるで、誰かの夢の中みたいだった。お酒の効果でゆるくしか動かない頭の色が、夢の中の風景に似ている。その、目の前で泣いてしまっている獄寺君が、次の日の朝いつでも誰よりも早く起きていてごはんになるものをコンビニで買ってきてくれていて。そんな彼のやさしさが空気に溶け込んで、そこらじゅうから全てを包んでしまっているみたいだ。この部屋の中でこうして中学生三人だけで、大人も誰もいなくて、山本は寝ていて、その山本の髪をやさしく撫でるやさしい獄寺君の夢の中。それとも、そう願っている、山本の夢の中。


(どっちもどっちだ)


いつも思ってしまう。山本が勇気を出して獄寺君の髪にふれて、その拍子に獄寺君の目が覚めてしまえばいいのに。お酒の力なんか借りずに、獄寺君が山本の前で笑えばいいのに。とても簡単な事のように思えてしまうのは目の前の彼の大人しい涙のせいで、それが溶け込んだこの不思議な空間のせいだ。
現実に引き戻って考えれば、途方もなく遠いことのようでめまいがするくらいなのに。

この空気の色になってしまうともう眠気には逆らえなくて、いつでも俺は最後に聞いてしまう。橙色のような、薄いはだいろのような夢の匂いがして、目が覚めた時一番に後悔してしまうけれど、やっぱり聞いてしまうのだ。

 

 

「獄寺君は、山本が好きなんだね」

 

 

 

 

彼はじわっと滲む涙をそのままに、赤い頬のまま、眉を歪ませて、俺を見て、心底困ったように答える。

 

 

 

 

 

「はい好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山本は、起きてはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________________

 

こんなかわいい獄寺がいたら私が襲います、ってくらいの獄寺になってしまって反省してます。でも楽しかった。
ツナ視点が一番難しいな・・・!三人称が一番苦手なんですがね(致命的)