「・・・何でテメーは堂々と俺の部屋で晩酌してんだこの野朗、」
独特の低い声をさらに尖らせて響く音が、決心を固めた。
月が少しづつ昇り始める、もしかしたらまだ夕刻だったかもしれない。


ちらりと無表情で目線を合わせれば切れ長の眼がこちらを睨んでいた。
縁取りが綺麗な、なんともいえない輪郭を描く眼。
「いい度胸だなオイ、これからが大変だってのによ、」
黒い制服を鳴らして、土方さんは部屋の襖を閉めた。
自分の座る台の横を通り、刀をいつもの場所に置こうと足を進める。


「ってめ、」
ガタン、と大きく音を立てて、壁に追い詰めた。
何か言葉を発しようと開きかけた口に迷わず舌を入れる。
決心の塊と一緒に。
「・・・・っ、んん、・・・・・・・・・っ!!!・・・!」
途中でものすごい力で押し返されたが決心を変えるつもりはなかった。もうこれでこうだと決めていた自分の方が幾分有利だ。それでも眼を閉じたまま口づけた。届かない物を欲しがるほど自分は幼稚でもない。
それでも心が追いつかなくなったのなら、気がついたうちに区切りをつけるのは当たり前の事だろう。

それを平気でやってのけるほど利口でもないくせに、と押し付けた制服の固さに思った。アホらしい。自分らしくない。
せいぜい利口な振りして平気でやってのけている振りをするので精一杯だろう。


震えで確認できた後も未練がましく舌を絡ませた。この人の吸う煙くて苦い煙草の味が好きだと思う。そんな感覚的な好きは簡単だ。ただ好きなのだ。暖かな柔らかな体温がぶわっと昇ってくる。すごく気持ちがいい感触とその独特な煙草の残り香が好き。それだけ。
理由が要らないから楽でいい。

(・・・もしも明日死んだとしても、)
頭の中を過ぎるのは実に未練がましくて自分らしくない物ばかりだ。うっとおしくて吐き気がする。<BR>
だから、決意した。



「・・・・っ、」
唇を離した瞬間に殴られた。とりあえずよけないでいたらものすごい力だったからふっとんで畳の上にしりもちまでついてしまった。わずかに互いに乱れた呼吸と冷たい空気が流れている。ぎろりと睨まれても俺はじっと土方さんの唇ばかりを見ていた。

もしかしたら二度と触れられないかもしれないキスをする場所。うっすらと赤くなって濡れている。その濡れている原因は自分だという事が頭の中でチカチカと点灯している。
多分きっともう、抑えることは出来ない。



「何飲ました、」
冷たい痛い視線を突き刺すように土方さんが静かに言った。ふっとばした距離を保ったまま上から見下ろした形でそう言う。その声のトーンは一層低く怖いくらいに静かだった。
そして、そんな土方さんよりも多分自分は静かだ、と考えている自分が不思議でもある。
「即効性の」
口元を拭うと微かに痛みが走った。少し切れているだろうが確認などしなくてもいい。今もっとも必要な事はそれじゃない。
俺は駆け出そうとした土方さんの手首を立ち上がり乱暴に掴んだ。
「何処行くんです?土方さん」

またものすごい力で抵抗するその両腕をガッチリ掴み取って腕に強引に包み込んだ。そこらの薬とは訳が違う。お遊び半分で持っていても腰が落着かないようなルートを通って来た品。
多分もう全て本当に、落とすんだろうなぁ、と心が呟いた。


「即効性の、媚薬」
耳に直接吹きかける息。これもきっと多分、失う距離なんだろう。

 

 


 

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